2010年3月1日月曜日

ヘレス・フェスティバル3 「フェードラ」

ギリシア悲劇を21世紀に舞台を移した「フェードラ」
というと
スペイン国立バレエ団の名作「メデア」を思い出す人が多いに違いない。
本作もあの「メデア」の脚本/演出のミゲル・ナロウがてがけ
振り付けは「メデア」初演にも出演していたハビエル・ラトーレ。
主演は「メデア」も踊ったローラ・グレコ。
だが、作品の出来は「メデア」にほど遠い。


バレエという言葉は日本語ではクラシックバレエの意で使われることが多いが
スペイン語、それもフラメンコ/スペイン舞踊では
舞踊団また舞踊劇の意味で使われる。
舞踊は言葉がわからなくても物語を伝えられるものだ。
「メデア」でもアントニオ・ガデスの「血の婚礼」でも
神話もロルカも知らなくても物語は伝わってきた。
が、「フェードラ」ではどうだろう?
恋愛感情を否定された女、その相手の若者の死、女の自殺。
それ以上のことが果たしてわかるだろうか?
観客が登場人物に自己投影できるだろうか?
それより以前に舞踊がその本来の力を発揮しているだろうか?


フェードラは義理の息子に恋した女とその若者の悲劇的な死の物語。
ローラ・グレコはたぐいまれなる才能をもったスペイン舞踊家だ。
だが、彼女のソロは少なく、その才能もじゅうぶんに生かされているとは言いがたい。
もっと舞台を我がものとして踊る彼女を観たい!
若者を踊るのは3年前かな女装でフリーダ・カーロを踊ったアマドール・ロハス。
舞台での存在感がでてきたのはいいことだ。
ローラの夫、若者の父はアレハンドロ・グラナドス。
そして召使いのカルメリージャ・モントージャ。
ギリシア悲劇のコロスのような若者の群舞。
バイクは女が若者をつなぎとめる手段だったのだろうか。

音楽はエンリケ・モレンテ。
アルバム「オメガ」の曲などのメロディラインをつかい
ギリシア悲劇の世界へ誘う。
その音楽のインパクトが強すぎて舞踊が負けているようだ。
タラント、シギリージャ、ブレリア…
なかでも最後のペテネーラが圧巻だ。

1990年に「メデア」初演を踊ったマヌエラ・バルガスが演じた「フェードラ」もまた
「メデア」と比較され、「メデア」を超えることはできなかった。



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