2011年8月30日火曜日

マレニ・ロレートが亡くなった

マレニ・ロレートが亡くなった。

っていってもその人誰?
って思う人の方が多いだろう。
私も知らなかった。
友達の知り合いで紹介してもらい
フラメンコ公演でいっしょになったり
ビールを飲んだりしたのは
かれこれ20年近くも昔のことになる。
第一印象は金持ちのおばさま。
いつもスーツとか、きちんとしたブラウスにスカートとか
わりとフォーマルな格好。
金のブレスレットやピアスも素敵。
褐色の肌に青い瞳。
最初はフラメンコ好きなお金持ちのおばさまなのだろうと勝手に思っていた彼女が実は
フラメンコの歴史に残る舞踊手ラ・マレーナの姪のバイラオーラで
闘牛士の妻で闘牛士の母だった。

そう。
実は小説のヒロインのような人だったのである。
叔母や
 先年亡くなったアルトゥーロ・パボンの母エロイーサ・アルベニスに学び
ペペ・ピント一座で活躍し
ニーニャ・デ・ロス・ペイネスらとも共演し
闘牛士フリオ・アパリシオと結婚し引退。
同名の息子も闘牛士となり
私が会った90年代は
再びフラメンコの血が騒ぎはじめていた頃だったのかも。


1929年生まれの82歳だったそうだ。
ってことはあの頃でもう60過ぎてたわけだ。
でも、もっとずっと若くみえたよ。
老いても美人。
もっといろんな話聞いとけばよかった、なんて後悔ばかりだな、最近。


あ、
9月以降にスペインにおこしになる方
参考になれば幸いです。




2011年8月23日火曜日

新人公演雑感 その2

今回みせていただいた新人公演。
えらそうにちょっと総評。

日本でこんなにたくさんの人たちが
毎日一生けん命
フラメンコを続けてる
ってのを改めて感じて
とってもうれしかった。


けど
フラメンコの基本だと、私が思う、
各曲種の性格を理解し表現する
ということができていなかった人が多々あったり
コンパス自体に問題があったり
という人もいたのは非常に残念。
あともっと古いものを
たくさんきいてみてしてほしい。
自分が踊る、歌う、弾く上で
これはあんな感じで
とイメージすることはマイナスにはならないんじゃないかと思うよ。

フラメンコの魅力のひとつは
その曲種の豊富さにある。
バラエティにとんださまざまな曲種。
大きくわければ
シギリージャやソレアのようなシリアスな曲
アレグリアスやブレリアのような明るい曲
南米風、コロニアルチックな明るい雰囲気のグアヒーラ、
炭鉱の悲しみを歌った歌詞が多く暗い雰囲気のタラント
振り付けももちろんだが
それぞれにあった衣装や髪というのもマスト、じゃないかと思うんだけど
どうなんだろう。
今はなんでもあり?
いやいや壊すためにはまず熟知から、でしょう
と私は思うんだけどね。

踊り手としての基本のテクニックであろう、
ブエルタやブラソ、
体全体のコーディネートが
きちんとできてない人もいたのは非常に残念。

って踊りからはじめちゃったけど
ギターでも
ファルセータだけでなく
もっと曲としての構成まで考えてほしかった気がするし
(スペインでもギターのコンクールでは作曲者としての能力まで試されてしまうことについては
論議があり、ハビエル・コンデのように先駆者の名曲を弾いて
コンクールに出場し受賞したものもある。
これはコンクールのルールに明記すればいいわけだよね)
カンテでは
発音、音程、節回し。声作りすぎるのもどうかと思う。
好きで気持ちが入ってる歌いっぷりは好ましいが
音程外れでコンパス無視だとやっぱきつい。

舞踊では
サリーダもなく突然カンテからはじまっちゃうってのは
制限時間のせいかな?
あと舞台の中心で後ろ向いてサス、ではじまる振り付けが多かったのは流行?
流行おうのもいいけど
伝統しっかりやるのも今かえって新しいかもって気もする。

今回最も印象的だったのはそっくりさんの二人。
奨励賞をとった黒田さんや話題賞の秋山さんのように
大好きなファルキートやイスラエル・ガルバンをとことんおうのもありだとは思うけど
今のままでは結局コピーにしかみえない。
いやコピーだって難しいしあんだけできればいいともいえるんだけど、
黒田さんでいえば私が思うファルキートの一番の長所、特徴である
歌をきいてそれに感応して踊るところがあまり感じられなかったのは残念。
ファルキートみたいだけどファルキートよりも回転が速くてきれい、
とかいわれるくらいにまでなってほしい、と思う。
パコより早いダビ・セルドゥエラみたいにね。
あ、舞台全体を大きくつかってたのはいいね。
秋山さんの微妙な呼吸をうまくとっているとこにはオレ!もでちゃったんだけど
同じ振りを繰り返すのではなく、
イスラの振りを換骨奪胎し自分のなにかがふりかけられたら
もっともっとすごいなにかがおこりそうな気がする。
ま、なんでも最初はコピーから。
二人とも今後の展開に期待しちゃうぞ。

賞からもれた中にも普通にうまい人はたくさんいて
日本のフラメンコの底力、感じさせる。

がんばれ日本のフラメンコ。

2011年8月22日月曜日

新人公演雑感 その1

20日、21日と日本フラメンコ協会主催新人公演をみてきました。
はい。一時帰国中です。
ほんとうはこの前にスペインに帰るつもりだったのが
スペイン空港職員スト予定とかで1週間のばして
思いがけずみることができたのでした。

実はこれが初新人公演。
これまでは日本にいなかったか
いても仕事と重なっていたのでありました。

金曜は用事で見ることができなかったのだけど
土曜日曜。4時間ずつしっかり拝見させていただきました。
長かった。
でもおもしろかった。

ツイッターにもkioko svq で

新人公演おもしろかった。みんな一生懸命自分の好きなもの追っかけるのがいいね。本質見つめている人は今は思うようにできなくても明日が輝くよ。賞とるとらないよりもそっちが大切。んで自分の今を知るためには最高の機会だと思う。がんばれ。フラメンコを愛する人たち

って書き込んだけど
みんな一生懸命自分が好きなものをやりたくてがんばってるんだな、
って改めて感じた。
いいね。熱いね。


「新人公演は優劣順位をつけるためのものではなく、新人へのエールを送るために存在する」

ということなのだけど
賞がある、から
結果的にコンクール的な要素もあるというのは否めない。


 
でもこれはやっぱ新人“公演”なんだよね。


舞台に出る一人一人がこの日をめざしてつくってきた曲を披露する場。
うまい人も。まだそれほどうまくはない人も
みんな同じ土俵に立っている。
それぞれに自分が好きな
自分が得意な
曲と真剣に取り組んできた結果をみせるところ。

舞踊でいえば
その人の舞踊そのものだけでなく
振り付け、衣装、音楽、照明
そういったものすべてがでてくる。
こった構成、照明の“作品”もあれば
シンプルな、素のままのような踊りもある。


賞は何を評価してのものなのだろうね。
そういったすべてのもの?
その人の才能、将来性?
完成度?
フラメンコ性?

それは審査員ならぬ選考委員の方々、
一人一人で違うかもしれない。
ウエブに掲載された以前の公演の、各委員の評をみても
みかたも、何を基準にしているかも
それぞれ違うようにみうけられる。
そしてそれはそれでいいのかもしれない。

スペインでもコンクールの結果に
出場者、審査員、観客、
全員が納得するなんてことはめったにないしね。


フラメンコに対する考え方はさまざま
あれもフラメンコ これもフラメンコ
みな自分がこれだと思うフラメンコを好きになり
それをおっかけていく。
誰もがこれだ!
と思うフラメンコっていうのもないではないだろう。

でも結局趣味の問題。
昔風が好き ヘレスが好き モダンが好き
派手好み 渋好み
フラメンコが好き
踊ってる自分が好き
。。。
なんだっていいんだね。
でみんな自分の好きなフラメンコが絶対だと信じてる。

テクニック、表現力などの優劣をみるだけなら
課題曲でもだして、もっと短い時間で十分。
歌やギターなら音程、コンパスはもちろん、
歌ならメロディの正確さや声の強弱の使いかた、声のだしかた、発音
ギターなら曲の構成やテクニック
舞踊なら
コンパス、コロカシオン、ブエルタやサパテアード
などなど細かいところはわりとすぐにはっきりみえるものだ。
極端にいえば
のど自慢の鐘ひとつで退場、
コルドバのコンクールの予選のように最後まで踊らずにお引き取りください、
(少なくとも以前はそうだった。うまい人もうまいとわかれば、だったかもだけど)
みたいにしたっていい。

でも
そうじゃないんだよね。
これは新人公演。


個人的には
賞なんてなくていいのかもしれない。
と思うよ。


あの大きな舞台でたくさんの人にみてもらうこと、
選考委員や
みにきたお客さんやともだちや
いろんな人のいろんな意見をもらうこと自体が賞だしね。


それでも賞がある。
いろんな意見がある中、多くの注目を集めた人ということなのだろう。
これからプロに、という人の励みになるんだろうね。
でもそれがすなわちプロのライセンスでもない。
 
実際、私見でも
受賞者の方は健闘されたと思うけど
受賞しなかった人でもそれに劣らずよかった人もたくさんいたしね。
 
ラ・ウニオンのコンクールで
舞踊部門の決勝にもすすめなかった
ロシオ・モリーナ
その数年後ゲストで公演、
コンクールで踊ったタラントを同じ衣装、振り付けで踊ったという例もある。
賞イコール成功でもないし
問題はその大きな舞台で演じた自分を
どれだけちゃんと客観的にみつめることができて
次のステージに進んでいくか、ということだと思う。
 
えらそうにごめん。
でも私はそう思う。
だから賞とれなくても嘆かずに
前むいて進んでいこう。
そして運よく賞がとれた人も
自分の実力を過信せず
前むいてすすんでいこう。

2011年8月20日土曜日

ヘレスのブレリア祭

今年の
フィエスタ・デ・ブレリアの日程が発表になりました。

9月17日土曜日の
21時30分から。
会場は例年通り闘牛場です。

出演者はまだ発表されていません・

今年で44回目を迎えるこのフェスティバル、
あまり知られていませんが、
これは9月13日から18日まで開行われる、
ヘレスのブドウ収穫祭の一環としての開催です。

ご存じのようにヘレスはシェリー酒のふるさと。
アルバリスエラとよばれる白い土に育った
ぶどうの収穫を祝ってのこのお祭り、
13日にピサ・デ・ウ―バ
ぶどうをふみつけジュースをしぼるという
伝統的な行事にはじまり
シェリー酒やブランデーの試飲会や
無料のミニコンサートなど
盛りだくさんな催しが行われます。


フィエスタ・デ・ブレリア、
ブレリア祭、
とおいう名前から
誰もがブレリアを歌い踊るお祭り、のような印象を持つ人もいるようですが
実はアンダルシアの各地で行われているフラメンコ祭と基本的には同じ。
ただ、ブレリアのふるさとだけに
舞台の上でも下でもブレリアを歌い踊る人も
ほかの町よりは断然多いですけどね


また出演者が発表されたらお伝えします。


2011年8月14日日曜日

ラ・ウニオンのコンクール



2011年ラ・ウニオンのコンクール
決勝が8月13日に行われ
カンテのミネ―ラ部門賞であり
このフェスティバルを代表するランパラ・ミネ―ラ賞には
バダホス県出身のセリア・ロメーロ

ギター部門のボルドン・ミネ―ラ賞には
フアン・トーレス・ファハルド“アビチュエラ・ニエト”


舞踊部門のデスプランテ賞には
カディス出身のルシア・アルバレス“ラ・ピニョーナ”

楽器部門はカディス出身のピアニスト、セルヒオ・モンロイが受賞。

またカンテの各部門は
カルタへ―ナ部門アナ・モチョン
マラゲーニャ部門アントニオ・ホセ・ニエト
そのほかのマラガ・グラナダ・コルドバの歌部門ベアトリス・ロメロ
シギリージャ部門ラファエル・デ・ウトレーラ
ソレア部門ラ・ディビ
ブレリア部門ルビオ・デ・プルーナ
が受賞した。

今年のフェスティバルは
昨年の受賞者たち
カンテのミゲル・オルテガ、バイレのヘスス・フェルナンデスらに
賞金の全額が支払われていなかったということが記事になり
この二人は恒例の初日の大舞台ではなく
当地のバルで歌い踊ることになったという前代未聞な
スキャンダルで大揺れ。

こちらにそのバルの舞台の写真があるが
ベニヤ板1枚って
ばかにするにもほどがある。
真実を言ったゆえに罰を受ける?
不況で大幅な経費削減をせねばならなかったゆえというが
歴史と格式を誇るフェスティバルであるなら
アルティスタにしわ寄せがいくような
事態は一番に避けるべきであることはいうまでもなかろう。






2011年8月10日水曜日

モラオ!

今朝
ヘレスの病院で
モライート・チーコが亡くなりました。

言葉もありません。


昨年
石井智子さんの日本公演から帰ってまもなく
がんがみつかり
公演活動を続けながらも治療を続けていたモラオ。
自ら車を運転してセビージャまで治療に通っていた。

いつ会ってもポジティブで
再び
ギターを手にする日がくると信じていたのに。

今はただ彼の魂がやすらかに
フラメンコの神様のもとで
休息できるように、と
祈るだけです


あんなフラメンコ
ほかにいない
 
 

2011年8月7日日曜日

コルドバのクルシージョ

コルドバの文化協会“ノー・ソロ・ダンサ”が
7月の集中クラスに引き続き
9月も新しいクルシージョを開講する。


9月、といっても
正確には
8月29日から9月8日の2週間。
クラスの内容、時間等はまだ発表されていないが
フラメンコおよびスペイン舞踊の講師陣には
ナニ・パーニョス
アフリカ・モレーノ
ハビエル・ラトーレ
アルバロ・パーニョス
ポル・バケーロ
ラファエル・エステべス
ダニエル・ナバッロ
ら豪華な顔ぶれが並ぶ。
ほかに
バレエやコンテンポラリーのクラスも。

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